会社を退職して法人を設立する際、社会保険のタイミング調整を誤ると、健康保険料を二重に支払う羽目になることがあります。今回は実際にありがちな事例をもとに、「同月得喪」による保険料二重払いの問題と、その回避方法を解説します。
事例
タイムライン:
- 2025年7月7日:A社を退職(協会けんぽ資格喪失)
- 2025年7月8日:任意継続被保険者として加入し、7月分の保険料を納付
- 2025年7月25日:B社(自分の会社)を設立し、代表取締役として就任
- 2025年7月30日:B社で協会けんぽに加入(資格取得届を提出)

7月8日から7月29日まで任意継続に加入して保険料を払いましたが、7月30日にB社で健康保険に入りました。任意継続で払った保険料は返ってきますか?

協会けんぽの回答:「返還されません」
残念ながらこれは法律上正しい取扱いになります。
このケースは「同月得喪」に該当するため、7月分の健康保険料が二重に発生してしまうのです。
同月得喪とは?
同月得喪(どうげつとくそう) とは、同じ月に健康保険の資格取得と資格喪失が発生するケースを指します。
今回のケースを整理すると、
- 任意継続の資格取得日: 2025年7月8日(A社退職の翌日)
- 任意継続の資格喪失日: 2025年7月30日(B社の健康保険に加入した日)
取得も喪失も同じ7月中に起きているため、同月得喪となります。
健康保険法上の取扱い
健康保険法第156条第3項は、保険料の計算について次のように定めています。
3 前二項の規定にかかわらず、前月から引き続き被保険者である者がその資格を喪失した場合においては、その月分の保険料は、算定しない。
健康保険法 第156条第3項 e-Gov法令検索
趣旨としては、「前月から引き続き被保険者である者がその資格を喪失した場合においては、その月分の保険料は算定しない。」ということですね。
これを裏返すと、前月から引き続いていない被保険者、つまり取得した月に喪失した場合は、その月の保険料が算定されることになります。
つまり、
- 原則: 資格喪失月の保険料は算定しない(前月から継続している場合)
- 例外(同月得喪): 取得月と喪失月が同じ場合は、その月の保険料を算定する
今回はまさにこの「例外」に該当するため、7月分の任意継続保険料は徴収対象となり、返還されません。
なぜ保険料が二重払いになるのか?
上記のケースでは、7月分の健康保険料が以下の2つで発生します。
1. 任意継続の保険料(7月分)
- 資格取得日:2025年7月8日
- 資格喪失日:2025年7月30日
- 同月得喪のため、7月分の保険料を徴収
- → 7月分の保険料負担あり
2. B社の健康保険料(7月分)
- 資格取得日:2025年7月30日
- 月途中の取得でも、月単位で保険料が発生
- → 7月分の保険料負担あり
結果として、7月は任意継続とB社の両方で保険料を支払うことになります。
国民年金は二重払いにならない
ちなみに、国民年金については同じ状況でも二重払いにはなりません。
今回のケースでは、
- 7月8日〜7月29日:国民年金第1号被保険者
- 7月30日〜:厚生年金保険加入(国民年金第2号被保険者)
国民年金の保険料は月末時点の被保険者種別で判定されます。7月末時点では第2号被保険者(厚生年金加入者)であるため、7月分は厚生年金保険料でカバーされ、国民年金第1号としての保険料納付は不要です。
なお、もし既に7月分の国民年金保険料(第1号)を納付していた場合は、届出により還付を受けることができます。
健康保険と国民年金で取扱いが異なる点に注意が必要です。
正しい対応方法:保険料二重払いを回避するには
では、どうすればこの二重払いを避けられたのでしょうか?
最善策:社会保険の資格取得日を翌月にする
推奨される対応:
- 会社設立日:2025年7月25日(変更なし)
- 7月分の役員報酬:支給しない(ゼロ円)※報酬を末日締めにする
- 社会保険の資格取得届:資格取得日を8月1日として届出
- 任意継続:7月末まで継続し、8月1日に資格喪失
この方法なら:
- 任意継続: 7月のみ加入(同月得喪を回避)
- B社の健康保険: 8月から加入
- → 保険料の二重払いなし
ポイント解説
① 役員報酬ゼロでも会社設立・運営は可能
設立初月は準備期間として、役員報酬を支給しないことは法的に問題ありません。ただし、株主総会議事録(または株主全員の同意書) で、役員報酬に関する決定を記録しておく必要があります。
② 社会保険の資格取得は「報酬が発生する月」から
社会保険の加入義務は「報酬を受ける者」に発生します。したがって、役員報酬が8月から発生するなら、社会保険の資格取得日も8月1日とするのが正しい取扱いです。
③ 会社設立日と社保加入日は一致させる必要はない
「会社を作ったらすぐに社会保険に入らなければ」と思いがちですが、報酬が発生しない期間は加入義務がありません。設立日と社保加入日をずらすことで、このような保険料問題を回避できます。
④ 定期同額給与の要件にも注意
法人税法上、役員報酬は「定期同額給与」の要件を満たす必要があります。7月をゼロとし8月から定額支給を開始する場合、事業年度開始から3ヶ月以内の改定に該当するため、税務上の問題は原則として生じないと考えられますが、事前に税理士へ相談されることをお勧めします。
代替策:会社設立日を翌月にずらす
もし会社設立日を柔軟に調整できるなら、翌月の8月に会社を設立する方法もあります。
この場合、
- 任意継続: 7月のみ加入
- B社の健康保険: 8月から加入
- → 保険料の二重払いなし
まとめ:会社設立時の社会保険は慎重に
法人成りや会社設立のタイミングでは、社会保険の資格取得タイミングを慎重に検討する必要があります。
覚えておきたいポイント:
- 同月得喪では健康保険料が二重払いになる
- 国民年金は月末時点の種別で判定されるため、二重払いにはならない
- 会社設立日と社保加入日は必ずしも一致させる必要はない
- 役員報酬が発生する月から社保加入すればOK(株主総会議事録で記録を残す)
- 月中での設立・再就職は特に要注意
特に同月中での会社設立や再就職を予定している方は、事前に社会保険の取扱いを確認し、タイミングを調整することをおすすめします。
※ 本記事は執筆日時点の情報に基づいています。法令や取扱いは改正される場合がありますので、最新情報は年金事務所や協会けんぽにご確認ください。また、本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の状況に応じた専門的なアドバイスを行うものではありません。具体的な判断にあたっては、税理士、社会保険労務士等の専門家にご相談ください。


