高収入サラリーマンの方が定年退職を迎える際、在職老齢年金による年金の支給停止に悩まれることがあります。現役時代の高収入により、老齢年金の一部または全額が支給停止されている方にとって、定年後の働き方は慎重に検討する必要があります。
「マイクロ法人を設立して少額の報酬だけ受け取れば、社会保険料も抑えられて年金も受け取れるのでは?」そう考える方も多いでしょう。確かにこの方法は一見有効に見えますが、実は重大な落とし穴があります。
在職老齢年金の支給停止基準額変更時期の特例
在職老齢年金制度では、基本月額(加給年金額を除いた老齢厚生年金の月額)と総報酬月額相当額(その月の標準報酬月額+その月以前1年間の標準賞与額の合計÷12)の合計が支給停止調整額(2025年度は51万円)を超えると、超過分の半分が年金から差し引かれます。
通常、支給停止額の変更時期は「総報酬月額相当額が変わった月または退職日の翌月」です。つまり、高収入の会社を退職すれば、翌月から低い総報酬月額相当額で計算され、年金の支給停止が解除されるはずです。
しかし、ここに重要な例外規定があります。
※退職して1カ月以内に再就職し、厚生年金に加入したとき(転職など)は、年金額の再計算は行われません。
在職老齢年金の計算方法(日本年金機構)
この※印が付いた小さな一文が、定年後のマイクロ法人活用戦略を大きく狂わせる可能性があります。
退職後すぐのマイクロ法人設立が招くリスク
例えば、現役時代に標準報酬月額65万円、標準賞与額120万円(月額換算10万円)で働いていた方を想定しましょう。
- 総報酬月額相当額は75万円(=65万円+10万円)
- 老齢厚生年金の基本月額が10万円
年金から支給停止される金額=(75万円+10万円ー51万円)×1/2=17万円
この方が定年退職し、「すぐにマイクロ法人を設立して月額5.8万円の役員報酬だけ受け取ろう」と考えたとします。本来なら総報酬月額相当額は5.8万円に下がり、基本月額10万円と合わせても51万円以下となるため、年金は全額受給できるはずです。
ところが、退職後1ヶ月以内にマイクロ法人を設立して厚生年金に加入すると、前職の総報酬月額相当額75万円が引き続き適用されてしまうのです。結果として、マイクロ法人で少額の報酬しか受け取っていないにもかかわらず、年金は引き続き支給停止されてしまいます。
敢えて役員報酬を改定して随時改定(固定的賃金が変動してから3ヶ月の実績を基に、4ヶ月目に標準報酬月額を改定)するか、または在職定時改定(65歳以上70歳未満の場合、毎年10月に前年9月から当年8月の実績を反映)のタイミングまで続くことになります。つまり、最長で数ヶ月間、本来受け取れるはずの年金が支給停止されるという事態が発生するのです。
対応策:退職後1ヶ月超の空白期間を設ける
この問題を回避するためには、退職後1ヶ月以上、健康保険・厚生年金保険に加入しない空白期間を設けましょう。
具体的な手順は以下の通りです。
- 定年退職(健康保険・厚生年金保険の資格喪失)
- 1ヶ月間は国民年金と国民健康保険(または任意継続健康保険か家族の扶養に入る)に加入
- 1ヶ月超経過後にマイクロ法人を設立し、社会保険に加入
この1ヶ月超の期間を空けることで、退職日の翌月から総報酬月額相当額がリセットされ、マイクロ法人設立後は新しい報酬額を基に年金の支給停止額が計算されるようになります。
なお、マイクロ法人を設立しなくても週20時間の勤務で社会保険に入る方法も別記事で紹介しています。新しい再就職先で社会保険に加入するときも同様の考え方になります。
まとめ:制度を正しく理解して賢く活用を
定年後のマイクロ法人活用は、社会保険料の適正化と年金受給の両立を図る有効な手段です。しかし、在職老齢年金制度の細かなルールを理解せずに進めると、思わぬ不利益を被る可能性があります。
特に「退職後1ヶ月以内の再就職」という規定は、日本年金機構のホームページでも※印の小さな文字で記載されているため、見落としがちです。この記事でご紹介した内容を参考に、計画的に準備を進めていただければと思います。
なお、個別のケースについては、お近くの年金事務所・街角の年金相談センターまたは社会保険労務士にご相談されることをお勧めします。






