ある介護施設からの相談です。
2020年の新型コロナウイルス感染症の大流行により、施設から職員に向けて随時連絡事項を通知していました。当時は刻刻と情報が変わるために何かあるたびに通知文を発行していましたが、改めて通知文を整理してみると、情報が体系的にまとまっていないため、どれが最新の情報なのか職員も混乱しているようです。これまでの情報を整理した上で、今後のパンデミックに備えて、感染症発生時のBCPを策定したいです。
新型コロナウイルスの大流行をきっかけに、業種を問わず感染症BCPへの関心は高まっていると感じます。
さらに、介護事業においては業務継続に向けた計画(BCP)等の策定、研修の実施、訓練(シミュレーション)の実施等が義務付けられるようになりました。ただし3年間の経過措置期間がありますので、遅くとも令和6年度からはBCPの整備が必要になります(「令和3年度介護報酬改定の主な事項について」厚生労働省)。
このため厚生労働省老健局から「介護施設・事業所における新型コロナウイルス感染症発生時の業務継続ガイドライン(令和2年12月)」とともにBCP・様式例が公表されています。
この記事では主に施設系(入所系)介護施設におけるBCP策定と感染防止対策としてのテレワークの導入について解説します。
介護施設における感染症BCP(事業継続計画)作成のポイントとテレワーク
BCPの策定から教育訓練までは次の5つのステップで進めます。
- STEP1 BCPの目的と推進体制を決める
- STEP2 被害想定と事業継続に重要な業務の選定
- STEP3 早期復旧戦略・代替戦略
- STEP4 マニュアル作成
- STEP5 教育・訓練
それでは順番に解説します。
STEP1 感染症BCPの目的と推進体制を決める
感染症BCPの目的
重要業務の継続・早期開始
- サービスの継続
- 利用者の安全確保
- 職員の安全確保
サプライチェーンでの対策・対応
変化する経営環境に対する適応力の強化
感染症BCP適用範囲
政府行動計画における各段階
- 平時(未発生期)
- 海外発生期
- 国内発生早期
- 国内感染期
- 小康期
BCP発動基準
- 利用者・職員の感染疑い者の発生
- 国または都道府県による緊急事態宣言の発出
BCP停止基準
- BCP発動権限者による停止
体制の構築・整備(組織と役割)
- 全体の意思決定者
- 各業務の担当者(誰が、何をするか)
- 関係者の連絡先、連絡フローを整理する
STEP2 被害想定と事業継続に重要な業務の選定
被害想定
- 職員の出勤率(出勤人数)
- 職員・利用者の感染者数・濃厚接触者数
- 物資の供給が止まる(感染対策用の物品など)
重要業務(優先業務)の選定
考え方…Business Impact Analysis
- 収益(定量)
- 社会的影響(定性)
優先業務の考え方の例(ガイドラインより)
入所系の場合
職員数 | 出勤率30% | 出勤率50% | 出勤率70% | 出勤率90% |
優先業務の基準 | 生命を守るため必要最低限 | 食事、排泄中心、その他は減少・中止 | ほぼ通常、一部減少・中止 | ほぼ通常 |
食事の回数 | 減少 | 減少 | 朝・昼・夕 | ほぼ通常 |
食事介助 | 必要な方に介助 | 必要な方に介助 | 必要な方に介助 | ほぼ通常 |
排泄介助 | 必要な方に介助 | 必要な方に介助 | 必要な方に介助 | ほぼ通常 |
入浴介助 | 清拭 | 一部清拭 | 一部清拭 | ほぼ通常 |
機能訓練等 | 休止 | 必要最低限 | 必要最低限 | ほぼ通常 |
医療的ケア | 必要に応じて | 必要に応じて | 必要に応じて | ほぼ通常 |
洗濯 | 使い捨て対応 | 必要最低限 | 必要最低限 | ほぼ通常 |
シーツ交換 | 汚れた場合 | 順次、部分的に交換 | 順次、部分的に交換 | ほぼ通常 |
通所系の場合
✓ 保健所からの休業要請があればそれに従う。
✓ 休業を検討する指標を明確にしておく。
- 感染者の人数
- 濃厚接触者の状況
- 勤務可能な職員数
- 消毒の状況
- など
✓ 再開基準も明確にしておく。
訪問系の場合
✓ 提供サービスを変更する指標を明確にしておく。
✓ 居宅介護支援事業所や保健所と事前相談のうえ、訪問時間を可能な限り短くするなど
新型コロナウイルス感染症対応に関する介護報酬などの柔軟な取り扱い
新型コロナウイルス感染症対応に関しては、次の事項について柔軟な取り扱いが可能とのことです。
- 介護報酬
- 人員
- 施設・設備
- 運営基準
- など
厚生労働省「新型コロナウイルス感染症に係る介護サービス事業所の人員基準等の臨時的な取扱いについて」のまとめ
業務ごとの復旧の時間的許容限界を検討する
- 実現が望ましい目標復旧時間(利用者などの視点から)
- 実現可能な復旧時間
- 今後実施する対策による復旧時間短縮の見込み
ボトルネック分析
- ITシステム
- キーパーソン
- 施設・建物の必要性
- サプライチェーン
- など
リスクアセスメント
(原因事象による被害の大きさ)×(発生頻度)×(発生確率)×(事業継続への影響度)
原因事象による結果事象(被害)
- 社員の出社不能(人員不足)
- 施設・建物の利用不能(ゾーニング可能か?清潔区域・汚染区域)
STEP3 早期復旧戦略・代替戦略
早期復旧戦略
被害を少なくする対策
基本的な感染防止対策
- 手指消毒・換気等
- 職員・利用者の体調管理
- 施設内出入り者の記録管理
介護現場における感染対策の手引き|厚生労働省老健局(令和3年3月)
平常時の備え
従業者・利用者の安全確保のための備蓄をしましょう。(休息場所の確保、健康・メンタル面にも配慮)
- 睡眠(寝袋・防災エアーマット等)
- 長期保存食(非常食)、えいようかん(長期保存型ようかん)
- 非常用トイレ(携帯トイレ・簡易トイレ・仮設トイレ・備蓄用トイレットペーパー等)
- 長期保存用の飲料水・飲料
- 「いつもとの違い」に留意
- セルフケア・ラインケア
≫ 参考「新型コロナウイルス感染症に対応する介護施設等の職員のためのサポートガイド(第1版)」(厚生労働省 令和3年3月)
職員が感染・感染疑い・濃厚接触者になった場合などの出社判断
パターン1 | パターン2 | パターン3 | パターン4 | パターン5 | パターン6 | |
健康状態 | 就労可能 | 就労可能 | 就労可能 | 就労可能 | 就労不可 | 就労不可 |
休業か勤務か | 休業 | 休業 | 休業 | テレワーク(在宅勤務) | 休業 | 休業 |
休業の原因・理由 | 会社の故意過失 | 経営・管理上の理由 | 不可抗力 | ー | 業務上の傷病 | 業務外の傷病 |
賃金支払い義務 | 賃金10割(民法第536条2項) | 休業手当(労基法第26条) | 賃金・休業手当不要(民法第536条1項) | 賃金10割(労基法第24条) | 休業補償(労基法第76条) | 賃金・休業補償不要(民法第536条1項) |
公的な所得補償 | ー | ー | 休業補償給付(労災保険法第14条) | 傷病手当金(健康保険法第99条) |
平時から「テレワークできる業務/できない業務」の仕分けを行い、万一出社できない場合でもテレワークできる業務が遂行できるようにすると良いと思います。
復職判断
(原則)主治医の診断書兼意見書
(例外)新型コロナ
次の条件をいずれも満たす状態
- 発症後に少なくとも8日が経過している
- 解熱後に解熱薬等を服用していない状態で少なくとも72時間が経過している
- 発熱以外の症状(咳・倦怠感・呼吸苦などの症状)が改善傾向である
「職域のための新型コロナウイルス感染症対策ガイド 第5版(2021/5/12)」(一般社団法人日本渡航医学会、公益社団法人日本産業衛生学会)より
代替戦略
- 設備(感染症対策ゾーニング・プレハブ設置)
- 代替調達先の確保(薬剤・防護具・消毒液等の備品)
- 代替調達先の安全性の評価(災害リスク・事業継続の備えの把握)
人材確保
- 重要ポストの代理者
- マルチタスク・クロストレーニング(業務マニュアルの整備)
- 自社以外の人的支援の調達先の確保(自社社員が行う業務と応援者が行う業務を決めておく)
STEP4 マニュアル作成
STEP1~STEP3で検討した内容をもとに、厚生労働省から公表されているBCP・様式例ひな型を改変します。
- 【BCPマニュアルひな型】新型コロナウイルス感染症発生時における業務継続計画 (介護サービス類型:入所系)
- 【様式1】推進体制の構成メンバー
- 【様式2】施設・事業所外連絡リスト
- 【様式3】職員、入所者・利用者 体温・体調チェックリスト
- 【様式4】感染(疑い)者・濃厚接触(疑い)者管理リスト
- 【様式5】(部署ごと)職員緊急連絡網
- 【様式6】備蓄品リスト
- 【様式7】業務分類(優先業務の選定)
- 【様式8】来所立ち入り時体温チェックリスト
- (ある方が良いと思います)職員配布用緊急携帯カード(中小企業庁HPより)
STEP5 教育・訓練
BCPを作るだけでは対策として不十分です。教育研修と実地訓練(シミュレーション)も義務化されています(「令和3年度介護報酬改定の主な事項について」厚生労働省)。
教育研修
- 災害の基礎知識
- 有事の際の初期動作
- コミュニケーションの方法
実地訓練
- BCP読み合わせ
- シミュレーション
- 実演テスト
教育訓練後のアンケート
- 改善
むすび
BCPのガイドラインや書式などは字が多すぎて読むのもうんざりするかもしれませんが、まずはひな型を改変して実際に読み合わせや実地訓練をしてさらにブラッシュアップするのが現実的だと思います。
BCPが机上の空論にならないよう、実際にBCPが機能することが重要だと思います。介護施設においてBCPとしてのテレワークのインパクトはそれほど大きくはないです。なぜなら対面業務が基幹業務であるからです。一方で、補助的な業務であればICTの活用によりテレワークで基幹業務を支援することができると思いますので、平時からICT化とテレワークの活用を進めて頂ければと思います。